カテゴリー : アニメ

夏のアニメ一押し

本日は、夏のアニメ一押しのご紹介。

最近、nasneでTV録画していますが、殆どアニメしか録画していません。
各季節毎に新しく始まるのは一通り録画して見ているんですが、最後まで見るのは1割あるかないか。

帰宅したら、FFXIVやって寝るという暮らしなので、結局録画したアニメもながら見になりがち。
その中で、面白いと思うようになるのはやっぱ少ないんですよねぇ。

てことで、すでに最終回を向かえてしまいましたが夏のアニメ一押しは「残響のテロル」です。

シナリオは、

 ある夏の日、
 突然、東京を襲った大規模な爆弾テロ。
 平穏なこの国を眠りから覚ました事件の犯人は、
 たったふたりの少年だった。
 ”スピンクス”と名乗る犯人たちの、
 日本中を巻き込んだ壮大なゲームがいま、始まる。
 (公式サイトから抜粋)

最初は、テロリストの少年二人と、警察の頭脳ゲームという流れなんですが、その後、そのテロ行為には真の目的があり、その謎が解かれているという内容です。
その真の目的が非常に壮大で、衝撃のラストになります。
最終回まで、しっかり話しも完結するので見た後もほぼスッキリな感じです。

で、気になったので自分も公式サイト確認してみたら、「カウボーイ・ビバップ」を制作した監督だったんですね。
カウボーイ・ビバップもDVDボックス買ったくらい好きだったんで、やっぱりこの監督は惹きつけるもの作るなぁと納得ですわ。

次は、秋の新アニメですね。
これを超えるアニメが出るか楽しみです。

今 敏

ちょっと情報が遅いですが、アニメ映画監督の「今 敏(こんさとし 46歳)」さんが24日に永眠されました。

アニメ映画をよく見る人なら知っているかもしれません。
「東京ゴッドファーザーズ」「妄想代理人」とかの監督をしていました。

自身のWEBサイトでは、遺書ともいえる記事がありました。
http://konstone.s-kon.net/modules/notebook/archives/565

題名は「さようなら」。

結構長い文章ですが、自分は一気に読んでしまいました。
その中から自分的に気になった部分を、今回はご紹介したいと思います。

まず、映画監督という事もあるのか、文章表現が非常に具体的な内容でありながら、イメージ的というか。
呼んでいる人の心にリアルに入ってくる感じがあります。

忘れもしない今年の5月18日。
武蔵野赤十字病院、循環器科の医師から次のような宣告を受けた。
「膵臓ガン末期、骨の随所に転移あり。余命長くて半年」

自分は、ERとかの医療ドラマが見るの好きなんで、多少医療用語とか、知識を知っているんですが、他の癌に比べて、すい臓癌の生存率って極端に少ないんですよね。
確か転移がものすごい早くて、わかった時には体中に転移している状態が多いとか。
急に告げられる「余命半年」の言葉。
自分の場合を考えたとき、いったいどういう行動を起こすか、想像も出来ません。

宣告の後、生き延びるための方法を妻と模索してきた。それこそ必死だ。
頼もしい友人や強力この上ない方の支援も得てきた。抗ガン剤は拒否し、世間一般とは少々異なる世界観を信じて生きようとした。

死ぬと分かっていた時、少しでも生き延びる可能性のある行動をするのは、誰しもすることだと思います。
それを、抗がん剤とかの医療にすがるか、宗教などの科学に頼らない行動をするか。
自分も相当迷うと思います。
でも今敏さんの、この言葉に答えはあると思いました。

「自分の選んだ世界観で生き延びてやろうじゃないか!」

名言過ぎますね。
「自分」を突き通す事が重要なんだと、改めて思いました。

ただ、現実は厳しく、あらゆる手段をしても症状は改善されなかったそうです。
半分は生きたく、半分は死を受け入れている。
今敏さんは、その死の準備をします。

死ぬとわかった時、何をするか。
家族や友人などのお世話になった人に会ったり、財産の整理をしたり。

それらが終わったとき、今敏さんは、こう思ったそうです。

「はぁ…やっと死ねる」

すべてを悟ったような言葉ですね。

この後、肺炎を併発して入院する事になります。
医者からは、

「持って…一日二日……これを越えても今月いっぱいくらいでしょう」

死が寸前にせまった時、今敏さんは次の行動を起こします。

私は自宅で死にたい。

自分も、もし家族がいたりしたら、病院で死ぬより、住み慣れた場所で死にたいという気持ち、大変分かりますね。
死ぬときだからこそ、当たり前に過ごしてきた状況で死にたいと思う気持ちが分かりすぎて辛いです。

この時一番死を意識したという今敏さん。

しかし、自宅に帰ってから肺炎の山を乗り越えたそうです。
失礼な表現かもしれまえんが、ドラマのように綺麗に終焉を向かえるという事がいかなく、今敏さんも拍子抜けされたのか、以下の言葉を残しています。

「死にそびれたか(笑)」

(笑)を付けるくらい、こんな気楽な気持ちになれるのかなw
たぶん、リアルに死を感じているのと、本当に死ぬのかっていう現実感のなさが、交差しているんでしょうね。

神からのお告げなのか、生きる時間を少し与えられた今敏さんは、以下の事を思います。

生きる気力が再起動したからには、ぼんやりしているわけにはいかない。
エクストラで与えられたような命だと肝に命じて、大事に使わねばならない。
そこで現世に残した不義理を一つでも減らしたいと思った。

今敏さんが言う不義理とは、「お世話になった人達に申し訳無く思っている事」。
そこで、お世話になった人達に会いたいと思ったそうですが、それにも葛藤があったようです。

出来れば一目会いたい人はたくさんいるが(会いたくないのもいるけれど)、会えば「この人ともう会えなくなるんだな」という思いばかりが溜まっていきそうで、上手く死を迎えられなくなってしまいそうな気がした。

回復されたとはいえ私に残る気力はわずかで、会うにはよほどの覚悟がいる。会いたい人ほど会うのがつらい。皮肉な話だ。
それに、骨への転移への影響で下半身が麻痺してほぼ寝たきりになり、痩せ細った姿を見られたくもなかった。多くの知り合いの中で元気な頃の今 敏を覚えていて欲しいと思った。

元気な姿を見てきた人にっとて、病でやせ細って死を向かえる人に会うのは、どんな人でも衝撃を受けると思います。
それは死を向かえる人側からしても、そうです。
こういう状況、すごく伝わりますね。
会いたいけど、会えない辛さ。
きついです。

そんな葛藤と闘っている今敏さんですが、それでも会いたい人がいました。
「両親とマッドハウス丸山さん」でした。

マッドハウス丸山さんが、会いに来たときの一幕が以下です。

自宅に見舞いに来てくれた丸山さんの顔を見た途端、流れ出る涙と情けない気持ちが止めどなかった。
「すいません、こんな姿になってしまいました…」
丸山さんは何も言わず、顔を振り両手を握ってくれた。

一番の心残りは映画「夢みる機械」のことだ。

丸山さんに「夢みる機械」の懸念を伝えると、
「大丈夫。なんとでもするから心配ない」

やばいっすね。
泣けます。

自分も小学校5年生の時に、交通事故に会って、1ヶ月くらい入院したいんですが、その時に担任の先生がお見舞いに来てくれたんです。
事故直後、親と会っても泣かなかったけど、何か先生と会った時に、申し訳ない気持ちと、嬉しかった気持ちが溢れて、泣いてしまった事を思い出しました。
自分の場合は、死ぬわけでは無かったけど、他人に心配される状況になって、初めて他人の気持ちを知るみたいな感覚と思います。
死を向かえた状況では、なおさら本当の気持ちが伝わります。

そして、今の今まで両親に伝えてなかった今敏さん。
両親にここで電話で伝えます。

「オレ、膵臓ガン末期でもうすぐ死ぬから。お父さんとお母さんの子供に生まれて来て本当に良かった。ありがとう」

こういう時って、実際これくらいシンプルな伝え方になるんでしょうかね。
いつも通りの話し方で、そしてそっと最後にお礼を言う。
でも、いつも通りを強がって装っているようで、辛い気持ちになります。

そして両親と実際に会うことになります。
そこで母から言われた一言。

「ごめんねぇ!丈夫に産んでやれなくて!」
何も言えなかった。

言えないですよね。
自分が死んでしまう事に、責任を感じているなんていう言葉を言われたら。

そして最も身近で、最もお世話になった人、「妻」に対してはこう書いています。

最後に、誰よりも気がかりで、けれど最後まで頼りになってくれた妻へ。
あの余命宣告以来何度も二人で涙にくれた。お互い、身体的にも精神的にも過酷な毎日だった。言葉にすることなんて出来ないくらい。
でも、そんなしんどくも切ない日々を何とか越えて来られたのは、あの宣告後すぐに言ってくれた力強い言葉のおかげだと私は思っている。
「私、最後までちゃんと伴走するからね」

強いですね。
本当大変な状況だったのは想像出来ます。
それを一緒に支えて来たんですから、まさしく夫婦しか出来ない事ですね。

最後に、今敏さんは以下の言葉をみなさんに残しました。

さて、ここまで長々とこの文章におつき合いしてくれた皆さん、どうもありがとう。
世界中に存する善きものすべてに感謝したい気持ちと共に、筆をおくことにしよう。

じゃ、お先に。

最後の「じゃ、お先に」が、何か今敏さんらしいというか。
自分を通しているというか。

遺書って、人生長く生きている中で、そう何度も見る機会は無いと思います。
死を間近にしている人の言葉って、どんな小説やドラマよりも、リアルで説得力があって心に響きます。

そして、いつか来る死を実感させて貰え、それに対してどう自分が行動するかを考えさせられるものでもあります。

自分は、死に対する恐怖心はもちろんありますが、暗くなるんじゃなくて、明るく死んでいきたいと思いますね。
今敏さんが言った「じゃ、お先に」が言えるくらいに。

そのためには、自分を通して後悔しない生き方をしないと駄目なんだろうなぁと、改めて思いさせられました。

何か、えらく長くなってしまい、なんでこんな真面目な内容書いているんじゃいって感じですが、久しぶりに感動した事だったので、お伝えしたくなりました。

今回は要所を抜粋しましたが、みなさんもぜひ全文を読んでみてください。
心に響きます。

珍しく見たアニメ

さ、明日いよいよL4D2の撮影です。

今回はどんな編集にするか、まだノープランなんで、まぁあまり思い浮かばなかったら、簡単な内容にして早めのうpにしようかと思っています。
となると来週中にも第一弾うpするかもって事ですねぇ。

さてさて、最近珍しくアニメ見ました。

「とある科学の超電磁砲」ってやつです。
ニコ動で作業用BGMでも無いかなぁと探していたら、fripSideっていうアーティストの曲がランキングにあったので聞いてみました。

おーイイ曲だなぁと思って、色々調べたらアニメの主題歌だったんですね。

で、どんなもんか1話を見てみたんです。
知らない人に、公式を参考にあらすじを書くと、

人口の八割が学生という学園都市では超能力の開発が行われていて、そこに住む超能力者達の間で起こる物語。

と、ざっくりすぎますがw

率直に設定が面白いなぁと。
ちょっと近未来ちっくであり、感情移入しやすい学生という設定。
それでいて非現実的な超能力という力。

そして一番食いついた部分が、一話から分かりやすく話しが出来ていて、絵が綺麗でしたね。
視聴者を置いていかない感じが、アニメに疎いわいでもついて行けて良いですね。

で、その超能力者の中でも、レベルの高い人、低い人がいるんですが、それぞれはその能力で色々コンプレックスを抱えているんですよね。

そういう人間ドラマが描かれています。
そこにも面白さを感じました。

なんか現実の事を風刺しているというか、ちょっと前まで勝ち組、負け組なんて言葉が流行りましたが、超能力のレベルの大小がそれに重なりました。
勝ち組は勝ち組で問題を抱えていて、負け組は勝ち組が羨ましく思う、みたいな。

中身が結構深いんですよね。
絵の可愛さからのギャップもあって、さらに良いですね。

しかもちょっぴりエロもあり、笑いもあるという。

わいが前にはまったアニメは「N・H・Kにようこそ!」でした。
みんな知ってますかね?
ま、この話しするとまた長くなるんで、今回はしないですが、これも良いですよん。
これは現実的な話しです。

珍しくDVDも全巻揃えましたし、iPhoneにもエンコードして全話入っていますw

この「とある科学の超電磁砲」もDVD買うんだろうかw
でもまだ最終回までいってないようです。
それ見てからやなぁw